無償の愛ってこういうことだと思う

 

ずいぶん昔の話を思い出した。

 

 

確かあれは、
小学校低学年だったと思う…

 

 

・・・・・・・

 

 

知っている人もいると思うが、
昔、うちのオヤジは、
かなりロクでもない父親だった。

 

 

うちは家族は自営業で
個人商店を経営していたのだが、

父の仕事は適当で、
そのしわ寄せが母に来ていた。

 

 

父は仕事をサボり、
母が懸命に働く。

 

 

そのおかげで、
母が苦労していたのを
身近で見てきた。

 

 

高校生くらいまでは
僕は父親が大っ嫌いであった。

 

 

中学生時代は、
2年間まともに話さなかった
期間もあるくらいだ。

 

 

今は昔と比べると、
まともに話ができていると思う。

 

 

僕も今は、父を嫌ってはいない。

 

 

すごい好きかと言われると微妙だが、
普通に会話をすることはできている。

 

 

父も、母の死と自身の病気で
ずいぶん改心したのだろう。

 

 

こちらのことにも
配慮するようになった。

 

 

しかし昔は、
父の癇癪には苦しめられた。

 

 

父は突然機嫌が悪くなったり、
突発的にキレることがあった。

 

 

幼少期の非力な僕にとっては
怖い思い出も多い。

 

 

一つ昔話をしよう。

 

 

確か小学校低学年くらいの
出来事だったと思う。

 

 

ある日、僕は父親の
車の
ルームライトを
消し忘れてしまった。

 

 

一晩中ルームライトが点いていたので、
車のバッテリーがあがってしまった。

 

 

翌朝、それに怒り狂った父親は、
怒鳴りながら家に入ってきた。

 

 

 

「車のライトを点けっぱなしにしたのは誰だ!」

 

 

僕は恐怖のあまり固まってしまった。

 

 

 

「自分がライトを消し忘れた。
 怒られる。怖い」

 

 

 

隣にいた母は、
その様子に気づいて咄嗟に

「私が消し忘れたの」

と言った。

 

 

 

違う。僕が消し忘れたのに…

 

 

庇ってくれたことで
父の怒りの矛先が
母に向いた。

 

 

恐怖で何もできない自分を、
母は懸命に庇ってくれた。

 

 

その後、父の怒りも落ち着き
事なきを得た。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

その後、僕は半泣きになりながら、
母親に謝った。

 

 

母が庇ってくれなかったら
また一つトラウマのエピソードが
できていたと思う。

 

 

それだけ幼少期の
出来事は、
大人になっても
引きずってしまうものだ。

 

 

 

なぜか、ふと思い出した昔話だ。

 

 

母親の愛は本当に偉大だと思う。
これが無償の愛って言うんだろうな。

 

 

見返りを求めないで、
誰かのために体をはれるって、
本当に凄いことだと思う。

 

 

自分が無償の愛を
与えられてる人って、
どれくらいいるんだろうな。

 

 

そんなことを考えてしまう日だった。

 

 

今度は自分が誰かを
守ってあげられるように
なれたらいいな。

 

 

さて、もうひと頑張りしますかね。

 


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